【原子力】 原発がどんなものか知ってほしい
<原発ってどんな世界なのかについてとても分かりやすいと思い、全文引用しました>

平井憲夫さん、著。

私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。



  1. 私は原発反対運動家ではありません
  2. 「安全」は机上の話
  3. 素人が造る原発
  4. 名ばかりの検査・検査官
  5. いいかげんな原発の耐震設計
  6. 定期点検工事も素人が
  7. 放射能垂れ流しの海
  8. 内部被爆が一番怖い

  9. 普通の職場環境とは全く違う
  10. 「絶対安全」だと5時間の洗脳教育
  11. だれが助けるのか
  12. びっくりした美浜原発細管破断事故!
  13. もんじゅの大事故
  14. 日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
  15. 日本には途中でやめる勇気がない
  16. 廃炉も解体も出来ない原発

  17. 「閉鎖」して、監視・管理
  18. どうしようもない放射性廃棄物
  19. 住民の被曝と恐ろしい差別
  20. 私、子供生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
  21. 原発がある限り、安心できない

著者 平井憲夫さんについて


私は原発反対運動家ではありません。


 二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。

 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないのです。しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。

 私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。


「安全」は机上の話


 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。原発は地震で本当に大丈夫か、と。しかし、決して大丈夫ではありません。国や電力会社は、耐震設計を考え、固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、これは机上の話です。

 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。


 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

 なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、このような事故が起きてしまうのです。


素人が造る原発


 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。

 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

 日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。しかし、これは設計の段階までです。施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

 仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。それが今の原発の実情です。

 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。

 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるのです。こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

 また、原発には放射能の被曝の問題があって後継者を育てることが出来ない職場なのです。原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになります。

 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

 ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。


名ばかりの検査・検査官


 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。しかし、その検査体制が問題なのです。出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。

 検査官が溶接なら溶接を、「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。

 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。

 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。美浜原発にいた専門官は三か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。

 東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったのです。なぜ、専門官が何も知らなかったのか。それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたのです。だから何も知らなかったのです。

 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、検査のことはなにも知りません。ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。

 私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく、本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。


いいかげんな原発の耐震設計


 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。

 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

定期点検工事も素人が


 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、定期検査、定検といっています。原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。

 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。作業している人を放射能から守るものではないのです。だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、被曝していないかどうか検査をするんです。体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、シャワーで洗うと大体流せますから、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。

 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが、この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。普通の職場とはまったく違うのです。

 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。

 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。

 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると、20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。

 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。アラームメーターが鳴るのが怖いですから。アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。これは経験した者でないと分かりません。ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。


放射能垂れ流しの海


 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、一分間に何十トンにもなります。

 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。

 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、それを最初は水洗いして、全部海に流しています。排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいものです。このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。

 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、八十歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。「私はいままで原発のことを知らなかった。今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに「悪いけどもう買えないよ、今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから」って言われた。原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった。どうしたらいいのか」って途方にくれていました。みなさんの知らないところで、日本の海が放射能で汚染され続けています。


内部被爆が一番怖い


 原発の建屋の中は、全部の物が放射性物質に変わってきます。物がすべて放射性物質になって、放射線を出すようになるのです。どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。体の外から浴びる外部被曝も怖いですが、一番怖いのは内部被曝です。

 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。原発の中ではこのホコリが放射能をあびて放射性物質となって飛んでいます。この放射能をおびたホコリが口や鼻から入ると、それが内部被曝になります。原発の作業では片付けや掃除で一番内部被曝をしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被曝の方が外部被曝よりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。

 体の中に入った放射能は、通常は、三日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、三日なら三日、放射能を体の中に置いたままになります。また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。これが非常に怖いのです。どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。

 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っていますが、それは当たり前なのです。きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。

 私はその内部被曝を百回以上もして、癌になってしまいました。癌の宣告を受けたとき、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。でも、私の母が何時も言っていたのですが、「死ぬより大きいことはないよ」と。じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったのです。

普通の職場環境とは全く違う


 放射能というのは蓄積します。いくら徴量でも十年なら十年分が蓄積します。これが怖いのです。日本の放射線管理というのは、年間50ミリシーベルトを守ればいい、それを越えなければいいという姿勢です。

 例えば、定検工事ですと三ケ月くらいかかりますから、それで割ると一日分が出ます。でも、放射線量が高いところですと、一日に五分から七分間しか作業が出来ないところもあります。しかし、それでは全く仕事になりませんから、三日分とか、一週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるのです。これは絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるのです。そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことを一切教えません。

 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが一本緩んだことがありました。動いている原発は放射能の量が物凄いですから、その一本のネジを締めるのに働く人三十人を用意しました。一列に並んで、ヨーイドンで七メートルくらい先にあるネジまで走って行きます。行って、一、二、三と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。中には走って行って、ネジを締めるスパナはどこにあるんだ?といったら、もう終わりの人もいる。ネジをたった一山、二山、三山締めるだけで百六十人分、金額で四百万円くらいかかりました。

 なぜ、原発を止めて修理しないのかと疑問に思われるかもしれませんが、原発を一日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないのです。放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なのです。


「絶対安全」だと五時間の洗脳教育


 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。日本の放射線従事者は今までに約二七万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。今も九万人くらいの人が原発で働いています。その人たちが年一回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被曝しながら支えているのです。

 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被曝線量で管理しているので、絶対大丈夫なので安心して働きなさい、世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは“マッカナ、オオウソ”である、国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だと、五時間かけて洗脳します。  

 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるのです。

 私自身が二〇年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。何人殺したかわかりません。みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能の危険や被曝のことは一切知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないのです。作業者全員が毎日被曝をする。それをいかに本人や外部に知られないように処理するかが責任者の仕事です。本人や外部に被曝の問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なのです。これが原発の現場です。

 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。気がついたら、二〇年の原発労働で、私の体も被曝でぼろぼろになっていました。


だれが助けるのか


 また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。

 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。


びっくりした美浜原発細管破断事故!


 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。

 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。

 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。

 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。

 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

 この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。


もんじゅの大事故


 去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。

 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。

 図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。

 これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。

 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。

 どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。

 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。

 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。


 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。


日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?


 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。

 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。

 しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。

 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。

 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。

 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。

 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。


日本には途中でやめる勇気がない


 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。

 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。

 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。

 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。

 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。

 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。

 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。


廃炉も解体も出来ない原発


 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。

 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。


「閉鎖」して、監視・管理


 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 


 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇~八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。


どうしようもない放射性廃棄物


 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理すると言っていますが、一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました。これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。


 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。


住民の被曝と恐ろしい差別


 日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。

 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。出ているんではなくて、出しているんですが、二四時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。

ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。

 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。


私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。


 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。

その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。


 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。


原発がある限り、安心できない


 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。

 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。



筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。

「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。
2011/03/29 | 気になる・・ | コメント:0 | トラックバック:0____
【ジョギングシューズ】 ASICS / GEL-DS TRAINER®16
【ジョギングシューズ】ASICS / GEL-DS TRAINER®16


僕は、ジョギングとランニングの間みたいなファンランナー?です。スピードも多分あいだ位? 距離も5~15kmと、まさにジョガーとランナーの間くらいだと思います。

はじめの頃は、底も分厚くて、ガワもごつい、ビギナー向けのジョギングシューズを履いていたんですけど、慣れてきて、下半身や足の筋肉や関節が強くなってくると(僕の場合は)その“ごつさ”が邪魔になってきて、それなりに軽快なものを求めるようになりました。

靴のクオリティやフィット感諸々から、途中からはもう完璧にasicsオンリー(普通の日本人は皆asics一択では?という位の信頼感)になってたんですけど、そういうファンランナーなモデルのひとつである、 GEL-LYTESPEED 2 というモデルの初期型を買い置きしたりしつつ何年も履いていました(何年も前のモデルなので、ネットで写真見つけられませんでした…)。それは靴の性能も良くて、値段も7000~8000円と安くて、もうこれでいいという感じに満足してたんですけど、最近の定期買い換え?の段になって、最近代替わりしたみたいで GEL-LYTESPEED 3(下写真)というモデルになってました。そこで問題が生じました。

GEL-LYTESPEED3.png


かかとの締まりが、かなり甘いんです。スコスコするんですドドスコ。
デザインというか、構造的な欠陥だと思います。ひもを強く締めても甲が痛いだけで、かかとが固定されないんです。上の写真のステッチや構造をじっと見て頂ければ、かかと部分がおろそかというかフリーなのが分かると思うんですが…分からないかもしれません。ま、なんせそうなんです。

そんな中、たまたまこないだ行ったスポーツデポにあった GEL-DS TRAINER®16(一番上の白とオレンジの靴です)。これいいやんか、と。asicsでは珍しい?二層構造。サンダル型のかかと+インナーみたいな構造で、ひもを締めると、それがかかとの締め付けと連動するように、多少、なっています。

スポーツデポの店員さんも、僕の靴おたくなアツさに触発されたのかアツく語ってくれたんですけど、ああいうお店でも、メーカー主導の靴試着ランニング会みたいのがあるみたいで、そういうので様々な靴をレビューした中で、扱ってる全てのメーカーの全ての種類の靴の中で、これが最も得点が高いモデルだったんです!と言ってました。多分ほんとと思います。

その項目は?と聞いたら、通気性、フィット感、固定性…あと、、忘れました。だそうです。

欲しくなって来ましたか?

でも、ジョギング靴は、車なんかと同じで、そのニーズによって全く変わってきますので、誰にとっても最高なんてことはあり得ませんで、単に僕にとって良くて、一般的にも、僕と似たレベルの人にはそこそこいいと思いますという話ですのでご注意ください。この靴は結構どこでも売ってるメジャーラインなので、そこらのお店で試着出来ますのでご自分でお試しください。

時に、ジョギングシューズには、足型の幅についての規格がありまして、1E、2E、3E、4Eなどあります。数字が大きいほど、横幅が広くなります。かかと部分などは、あまり変わらず、足の裏の、付け根の着地する部分(豆が出来る部分)の周囲ぐるりの規格のようです(→参考サイト)が、大概の人は、ワイドではないもので良いと思います。日本人は甲高いかもしれませんが、意外と幅は広くないです。僕はいままでGEL-LYTESPEED 2も3も“2E”なんですけど、今回買った GEL-DS TRAINER®16 は初めての“1E”です。

大概の売られているジョギングシューズは、2E~3Eで、1Eというのは珍しいですけど、これでも全然細くないというか、ちょうど良かったです。僕はもともと扁平足だし、人一倍平べったいと思っていて、それでもそんなです。

そういう訳で、これまで使ってたGEL-LYTESPEEDとは違って、このGEL-DS TRAINER®は、ずっと続いてるモデルみたいなので(16代目)、今後迷わなくても済みそうで助かりました。

ただ、高い!!

不本意な形で、定価12,000円クラスの靴を履くはめになった。頑張ってネットで探して9,900円で買ったけど。(ジョギングシューズなんて消耗品なので8000円くらいのでいいという考え方なのでこの定価はちょっと高いです)

どのモデルも、常にカラーリングは気に入らないんですけど、それは言っても仕方ないので、とりあえず紐がオレンジ&白だったのを、白に変えました。淡々と。

→ asics該当ページ
2011/03/28 | お気に入り…もの | コメント:0 | トラックバック:0____
【地震】 東日本大震災
地震の何日か後に書いて、読み直して書き直して、を続けているうちに、2週間が過ぎてしまいました。
全くまとまりません。でも、どこかのタイミングで公開しなきゃ意味がない(僕にとって)、と思うので、公開します。文章めちゃくちゃです。直しまくっていますので、時系列、適時性もぐだぐだです。すみません。


【前置き】

僕は特定の宗教には準じていません。あえていうなら『森羅万象』という考え方(=神道に近い?)があるだけです。自然や、あまねく僕らを囲む環境すべてに命や道理のようなものを感じて、生かされる為にはそれら全てを畏怖して尊重しないといけない、というような哲学的価値観です。ですので僕のいう神様というのは『(人間にとっての)自然環境の摂理全般』ということになります。


【この地震の意味】

意味なんてもちろんありません。地球が日本の近所であくびしただけです。でも、僕が勝手に感じることがあります。

この震災だけでなく、これまでも日本に押し寄せて来たありとあらゆる種類の困難は、日本人の団結力と叡智を試し、そして実際日本はその試練を乗り越えてきました。

元々海に囲まれた島国であるという地理的要因によって外圧から隔離されてきた安心と、温暖な気候がもたらす自然豊かな豊穣によって、人類の中でも希に見る、安定的で温厚で他を尊重し自制する人柄を作り上げてきた日本。温暖とはいえ四季があるため、熱帯から寒冷までの様々な生活様式に全員が対応出来るという器用さ。豊かな国土がもたらした勤勉で繊細な国民性がもたらす生産活動の精度の高さ。

世界でも群を抜いて人類としての能力を発揮できる僕らは、肌の色が理由でもなく、DNAが理由でもなく、たまたま、世界一恵まれた風土のおかげで育まれた、偶然の民族です。

神様は世界に、

「このままだと程なく人類は、自分たちのせいで、生きていけない環境に身を置くことになっていくけどいいの?対応しなければいけない様々なことについて、メッセージを持ってぶつけますのでよろしく。どうするかは君たち次第。」

というような感じで、人類にとって最も過酷なこと、考えるきっかけになることを、現状最も優れた力を持つ日本人にぶつけて、そこから全世界に問うているような気がします。

日本と日本人をベースとして、世界に問われた人類の未来の為の課題。

それが僕の思うこの震災の意味です。

神様は乗り越えられない試練は与えない…そんな訳ありません。与えます。それでも、可能性があるのならば、当事者の僕たち始め、世界のみんなが、初めてひとつになってがんばらないといけない事象だと思います。

いつかの、全世界で迎え撃たないといけない、もっと凄まじい天災(それが何かは分かりませんが、隕石が飛んでくるかもしれませんし、衛星が落ちるかもしれませんし、核かもしれません)を前にした、最後のテストで、猶予なのかもしれません。


【政府】

僕は恥ずかしながら政治に興味がなくて、よく知らないんですけど、(パーソナルとして)日本のトップの人ってこんなに酷いんですね。緊急事態に対して、政府は阪神大震災やその他の震災の経験を活かして、それなりにシステム化されていたのかと勝手に思ってました。全然変わってないんですね。。というか酷い。菅さんも…薬害エイズでカイワレ頬張っていた時とほとんどキャラ変わってませんね…(駆け引きが下手だけれどポーズだけは気にする、感情で決断してしまって国益にはマイナスな天然の人というのが当時の印象)。


【東京電力・原子力保安の組織】

利権を約束された、公務員的?な人は、企業的な競争意識やサービスの精神が欠如していて、酷いですね。どれだけ楽をしてお金を儲けて生きる人生を送っていてもそれは別にいいんですけど、人類の存続に危機をもたらしかねない技術についてだけは、国や、世界の管理下におかないとダメです。でないとこういう事になります。でも、福島県も、東京も、僕ら日本人全員も、結局全部黙認して来てしまったからこうなってる訳で、被害者感覚で言えない部分もあります。ある程度連帯責任です。


【被災者の方々】

神戸の地震の場合、とても限られた地域で発生し、また3日程で大まかな事態の把握は出来て、大変な被害は出しましたが、かなり早い段階で、生きている人は人間として最低限の生活は出来るようになりました。

今回の震災の場合は、全く事情が異なると思います。規模もそうですし、街が流された=地図(建物)を基準にした活動が何も出来ない=誰がどこにいて何がなんなのか、事態を全く把握できない、というのは、あまりにも残酷過ぎます。神戸の場合は、亡くなられた人も、だいたいそこ(自宅なら自宅)で亡くなられていた訳で、残酷だけれど、ある程度まともに葬ることが出来たはずです。今回は、どこのどなたか全く分からない様なご遺体がまとめて海から打ち寄せる、というような感じなんだと思います。ご家族と、救出に当たっている方々、どちらも、疲労ばかりが溜まるケースも多いと思います。つらいです。

とりあえず助かって、テレビに写っている位メジャーな地域、避難場所の人ですら、10日お風呂に入っていないとか、ごはんもこの上なく極質素なレベル。

それでも、マスコミに触れて貰ったり、ある程度の規模のある場所にある人はマシかもしれません。例えば地域として全く有名でもなく、また、『被害が甚大ではないから』目立たない小さな町などは、いま一体どうなっているんでしょうか。

やっと動きましたが、政府の、30km圏内の人の屋内待避指示しつつ物資などのケアはなし、という時には、餓死しろといってるのか?と、ちょっとびっくりしました。


【原発】

ひとまず落ち着…く訳ないですね。絶望的に厳しい状況ですね。

陰謀論的なことは僕は興味ないですけど、でも電力会社や保安の人だけでなく、政府、マスコミも利害関係では基本的に当事者、利益の側の人達なんですよね。故にわざととしか思えない煮え切らない報道(発表側も質問側も重要な点をスルーした単なる時間浪費の会見プレー)に気が狂いそうですけど、結論、ネットでのみ、いわゆるマスコミ発でないものから情報を得るようにしましょう。外国語が出来る人は、TwitterやSNS、ブログなどを通じて、海外の伝える情報を広めてください。ただし、出来るだけてフラットな情報を選択してくださいね。海外にもおかしなメディアは多いですので。

既存の原発の危険度は、この現状を知った世界と日本の電力会社の良心を信じるしかないですけど、それも、福島が日本の国土をどれだけ侵すかによります。

水、農産物を考えると、いまのレベルでは済まない、相当厳しいところまでいきそうな気がしています。食べたいものが沢山食べられなくなるだけでなく、神戸に住む僕の家の水道水(琵琶湖の水)も、万が一飲めなくなる場合もあるかなと思っています。

ただ、これまでも報道されていない様々な放射性物質の拡散(核実験・廃棄物・事故など)が沢山あったみたいですね。それでも僕含め世界中のみんなは割と普通に生きられてますので、逆説的ですが、気にしないでいい部分も沢山ありそうです。


【義援金】

お金を寄付することは、今回の災害については、日本人なら当然かもしれないです。小中高生などなら、今回の被害の規模や日本全国に与える影響などを理解出来なくてもしょうがないですけど、いい大人なら、これは完全に自分の事という意識を持つのは当たり前ではないかと思います。

赤い羽根募金やお賽銭のレベルではない、という事です。もっとはっきり言うと、ご飯を食べれる位の収入がある人なら、100円とか500円とか、そういうレベルの話ではないでしょう?ということです。

とはいえ、一銭でも多く被災者自身に届かないともったいないですので、そういう意味では、振り込み手数料なども、積もり積もるとばかにならないので、それぞれの人のメイン銀行口座で受け付けている、日本赤十字社に行き着く募金に直接現金を振り込む、という、方法としてはこの一択だと思います。

街頭募金も含め、どんな募金も間接的である以上その額が100%が届けられる訳ではないですので、アウトです。あと、有名そうな組織でも、やめましょう。例えば、アグネス・チャンで有名な日本ユニセフなどは、ユニセフとは関係のない単なる日本の組織で、収入の25%を自分たちの利益とし、かつ『日本の災害には一銭も利用しない』という、結果的に便乗募金詐欺みたいに現状なっている組織です。絶対に振り込んではいけません。

これまで、世界中の沢山の人たち(中国とロシアはちょっと要注意ですね。。)が日本に好意的なことが嬉しくて嬉しくて、僕にとって元気づけられるいいニュースなんですけど、その中でも特に、僕が世界で一番大好きな外国である台湾の人達の、日本を好きでいてくれている気持ちの強さが凄くて、嬉しくて仕方ありません。あまり当事者意識のない日本人の募金などよりも、何倍も多額のお金を、もの凄い規模の人達で払ってくれていています。我愛你、台湾。行きたい海外はそれなりにあるけど、もういいやと思ってたけど、台湾には死ぬまでに一度行きたいな。


【自衛隊員・消防士などリスク管理を請け負う人、トラックの運ちゃんや地元出身の男前など、自分を省みない人】

自衛隊員や消防士さんは、国の宝というか、日本にとっていちばん失ってはいけない人達。そういう人達から真っ先に命の危険に晒されているという事が、それが世の常なにかもしれないですけど、いっつも腑に落ちないです。安全マージンをかんっぜんに確保して、絶対に安全で無事でいて欲しいです。
2011/03/28 | 独り言 | コメント:0 | トラックバック:0____
【音楽】 Lylics Master2 For Mac OS X and Windows
lylicsMaster2.jpg


ネットで、ふとした時に、例えばJ-Popなどの楽曲の歌詞をコピペしたいとか、ないですか?

洋楽の歌詞は無問題として、邦楽の歌詞ってネットではコピペ出来ないようになってますよね。ほんと無意味でばからしい。

でも、この無料ソフトは、立ち上げて、タイトルなり歌手なりを検索にかけて、ヒットした一覧から1つを選んでダブルクリックすれば、ソフトと同時に立ち上がる検索画面とは別の白紙のメモ帳ウインドウみたいなものに“ぺたっ”と歌詞が張り付き、コピー可能になります。

デザインもいいし(アイコンのiPodふるいけど)、速いし、とても素敵なソフトです。

Lylics Master 2 (てかKenichi Maehashiさん?) GJ !

→ Lyrics Master 2 のダウンロードサイト
2011/03/24 | お気に入り…こと | コメント:0 | トラックバック:0____
【祝開通】九州新幹線つばめ
tsubame.png


きょうからぼくんち(新神戸駅の近所)と九州が新幹線でひとつになりました。

JRのCMの中に出て来る九州の人々の弾ける笑顔が素晴らし過ぎて、また昨日からのあまりに悲しい出来事との対比があまりにも大き過ぎて、なんだか泣きそうになりました。

九州の人も、神戸のぼくも、東北の人も、皆前を向いて進む、強くて折れない誇らしい日本人。みんなでひとつです。

→ 九州新幹線全線開業 祝!九州縦断ウェーブCMギャラリー
2011/03/12 | お気に入り…こと | コメント:0 | トラックバック:0____
【掃除機】 EC-PX120-N / SHARP (色:ゴールド)
EC-PX120-N


めっちゃ格好いいでしょ?

SHARPのサイクロンの掃除機で、本体部は人の頭くらいしかない、ほぼハンディな軽量小型。

今まで10年以上使ってた6,000円くらいの激非力な掃除機を、んもーさすがに買い換えようとふと我に返り?衝動買い。でも、いま時期が悪いみたい。モデルチェンジ前だったりで2月がいちばん安くて狙い目な時期らしいけど、3月となるともはや在庫がなくなったり、値段がぶり返して高くなったり。

果たしてその通りで、素敵な多くの掃除機が販売終了などで買えない。また注文出来ても、取り寄せ(後日連絡)、みたいな。

きょう注文してみたけれど、果たして買えるか。買えたらラッキーだなー。

(それにしても、モビルスーツみたいでしょ。量産型ズゴックみたい。かっこええなあ)

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2011/03/08 | お気に入り…もの | コメント:0 | トラックバック:0____
【レシピ】 鰯 (いわし) の筒炊き by 小林カツ代
<材料>

・新鮮な鰯…小なら18匹とか中なら12匹とか程度
 (→新鮮 白目が白い、柄が鮮やか、腹が弾力がある)
・酢…鰯が浸るだけ
・生姜…1~2個(出来るだけ薄切り&大きさは鰯のお腹の断面くらいに揃えると食感がいい)

合わせ調味料
・醤油…大さじ2
・酒…大さじ2
・砂糖…大さじ1
・みりん…大さじ1
・水…1/2カップ

<調理>

1/
新鮮な鰯(体が光って色のコントラストが綺麗でお腹にハリがあってピチピチ、目が濁ってない)の内臓を取り除き、身も含め綺麗に洗う。頭とはらわたを取ってあるタイプのでも、更に手でこそいでお尻の穴のところまで取り除く。うんちとか。

2/
5cmずつ筒切り(ぶつぎり)にする。小ぶりなら2つ、中なら3つくらいに。

3/
蓋付きの手鍋に入れて、ひたひたに(鰯が隠れる位まで)酢を注ぐ。

4/
火力、ど真ん中(ガスコンロ基準)の中火(ふつうにぽこぽこ言うくらいの火力)で蓋を開けたまま30分。気が向いたら途中アク取り。

5/
ざるに上げる(微妙に残った酢は捨てる)

6/
合わせ調味料(上記参照)と生姜スライスを、(洗い直した)さっきの鍋に入れ、ぐつぐつ一度煮立てる。

7/
鰯を戻し、蓋をして、汁気がなくなるくらいまで弱火で煮る。でも、汁が残っていても、もうこの味の濃さでいいと思ったらそれでOK。柔らかくなった鰯を損なう事がない程度に水分(汁)を切り、自然に冷ます。

おいしいよー。

おわり
2011/03/08 | レシピメモ | コメント:0 | トラックバック:0____
【炊飯】 玄米の炊き方
炊飯土鍋

【序章(=余分なストーリー。本文は以下“本文”から)】

ぼくの主食はご飯です。ご飯と、玄米。どっちも食べます。

でも独り暮らしですので、炊飯器を買って炊いて保温して…という程の規模のご飯ライフではありません。そもそも、保温って何時間かすればご飯黄色くなって臭くなって美味しくないし…などと何年も過ごしているうちに、僕の場合自然と以下の様なご飯ライフになりました。

自然食品屋みたいなところで、玄米と白米をはんぶんこっこで買って帰る。

何日かに1度、どっちともなく土鍋で4合炊く

だいたい100gずつラップして冷凍庫

冷凍庫はいつも半分~7割の容積のご飯(MAX、玄米×10、白米×10みたいな状態)

レンジでちんして、お茶碗1膳なら2つ、丼ものなら3つ、みたいに使う。白米だけだったり玄米だけだったり組み合わせたりは料理の内容と気分次第。

いま僕は、これが比較的デカイのでいっぺんで沢山炊けるということで、上記写真(4合炊)の土鍋を使っているんですけど、この大きさなら、世のプロアマ、みんなこれ使ってますね。これ自慢でも何でもなくて、この鍋がイイ!というのでもなくて、あんまし選択肢ないんです。マジで。ほんとは、鍋物をする平たいふつうの土鍋の方が(白米の場合は)全然美味しく炊けます。ただ、吹きこぼれまくるんで大変なんです。その吹きこぼれが美味しいご飯を炊きあげる理由と思うんですが、手間が大変でやってられない。コンロの後片付けとか。

そういう理由と、一度である程度の量炊きたいという理由から上の鍋になってしまうんですが、まず、中蓋は要りません。即捨ててください。これもプロはみんなそうしてました。みんな思ってる事は一緒です。当然僕もそうしてました。中蓋の存在意味が、吹きこぼれ防止なのか圧力アップなのか。その両方なのか分かりませんが、何せ結果的に効果的ではなく、邪魔でしかないです。

いよいよ本題です。

今回は、これくらいの大きさの土鍋での、玄米の炊き方です。この土鍋用とかでなくて、これ位のキャパのものならどんなんでも一緒だと思うので、是非参考にしてください。

なお、僕がこれまでいろいろ勉強した一般的な玄米の炊き方とは、方法論?というか、各々のプロセスでの所要時間がずいぶんと違います。僕の買ったこの土鍋にもともとついていた取説とも全然違います。だからこそエントリーにしてみた訳なんですけど、一般的な話題ではないだけに、いつか、たまたま望んでいる誰かさんの検索(心)にヒットして参考になればなあと思います。


【本文】

<注:以下は、冒頭写真のような比較的大きな土鍋(写真は4合炊)での玄米の炊き方です。中蓋がある場合は外してください。使わないyo☆>

1・洗う

鉄?の針金が編み目になったタイプのボウルで、ごしごしとボウルにこすりつけて表面を傷つけるようにして洗う。入念に、という程でなく、適当に。ひとしきりゴシゴシ洗えたかな?と思ったら終わり。白米みたいに水が透明になるまでやる必要もないのですぐ終わる。手早い人なら1分くらい?全体的にゴシゴシしたら終わり。全然物足りない位でだいじょうぶ。

2・浸ける

これ、一般的に玄米は、1日とかもっととか、一般的なおすすめ浸け込み時間ってとても長いんですが、おこわみたいにしたいのでなければその必要ないです。僕の炊きあがり(粒のはっきりした堅めの炊き込みご飯みたいな食感)なら、最低3時間位かな?でいいです。あとは好みで適当。水の量は1合につき300〜340cc。

3・炊く

ガスベースで、いちばん弱い弱火×1.2倍くらいの弱火で7~8分。その後ど真ん中の中火よりやや強い位の中強火×10~12分くらい。要は、弱火から始めて15分経ったときに沸騰する状態に出来ればそれでいいんです。厳密に言うと四季によって水の温度も湿度も気圧も違うので湯気の雰囲気とかで判断、とかいうともっとややこしいですので簡単に書きますと、

まず弱火で7~8分、そのあと中強火にして、鍋のふたの穴から湯気がぶわー!と出たら(ふわふわふわ…でなくその後の、勢いよくの、ぶわー、です)OK!です。

それをサインにいちばん小さな弱火にして20分。

火を消して10分。おわり。


追記

2014年から、鍋が普通の土鍋(CAINZの吹きこぼれにくい土鍋。5合。)に変わりまして、炊き方が変わりました。

洗い方、浸け置きは上記と同じです。

<炊き方>

1/
上記の玄米と、1合につき320ccの水(冬の場合)を鍋に入れ、炊き始める。真ん中よりちょっと強い中火で、20分。(この時間段階で、穴から湯気が出始めて数分、という状態のはずです。もしそうでなければ、その状態であるように、時間をプラスマイナスしてください)

2/
穴に菜箸を突っ込んで塞ぎ、一番の弱火で40分。火を止めて15分。

3/
フタを開けてぐるっとかき混ぜて湯気をとばして終了。
2011/03/08 | レシピメモ | コメント:0 | トラックバック:0____
【ラーメン】 丸高中華そば / 神戸二宮店
marutaka.jpg


一般的に、ご近所周りでは割とマイナーでも、知ってる人からすると超リスペクトされてるお店ってありますね?

和歌山のラーメンというものに詳しくないので、僕にはよく分からないんですけど、ここそうみたいです。本場の味らしい。分かる人?には有名店。ずーっと前から長いことある。

僕はこの店は家からかなり近所で、行きやすいし、すごくちゃんとした味で、だいすき。

でも、ちょっと前に三宮(このお店からちょうど1km位西)にお店を出してから、こちらはお昼の営業を止めてしまって、すっかり行きにくくなった。夜は元気にやっているみたい。

僕の生活の流れ(そこは昼しか通らない)でいくと、いつまでも行く機会がないので、今日久々に、半ばむりやりさっき行ってみた(夜のバイクは寒かった…)

うむ!やっぱし、とてもちゃんと作っていて、超美味しかった!

ただ、ほんとに、和歌山だからか、全てに醤油が濃いい!しょっぱい!

半分サイズの炒飯250円、これも活き活きとした炒めたてが香ばしく、美味しくて断然安い。ちなみにラーメンも580円で安い。

ただ、どちらも醤油が濃いいっ!しょっぱいっ:(;゙゚'ω゚'):


もう少し減らして。醤油(`・ω・´)


→ 丸高 中華そば 神戸二宮店
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2011/03/03 | おいしい…飲食店 ____
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